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東京地方裁判所 平成6年(ワ)22047号 判決

原告

株式会社サンケイ新聞写真ニュースセンター

右代表者代表取締役

中原豊

右訴訟代理人弁護士

若山保宣

被告

株式会社ティー・ティー・ビー

右代表者代表取締役

加藤勝博

右訴訟代理人弁護士

芦刈伸幸

星川勇二

右芦刈訴訟復代理人弁護士

緒方義行

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

原告と被告間の別紙物件目録記載の建物に関する賃貸借契約について、原告が被告に対して金一一四万円の保証金返還請求権を有することを確認する。

第二  事案の概要

本件は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)を賃借中の原告が、その後に本件建物を競落して新たに賃貸人となった被告に対し、それまでの賃貸人に対してかねて差し入れていた保証金について返還請求権を有することの確認を求めたという事案である。

一  争いのない事実など

1  (本件建物の賃貸借と更新等)

(一) 原告は、昭和六一年一〇月頃、訴外有限会社千歳ビルディング(以下「訴外有限会社」という)との間で、要旨次の約定によって、同社所有にかかる本件建物を賃借する旨の賃貸借契約を締結し、その引渡を受けるとともに、同社に対し右約定の敷金及び保証金を差し入れた(甲二、三号証、四号証の一・二)。

①目的 事務所又は店舗

②期間 昭和六一年一一月一日から平成元年一〇月三一日まで

ただし、更新する場合はさらに三年間期間を延長する。

③賃料 月額金五万七〇〇〇円

④敷金 金三四万二〇〇〇円

⑤保証金 金一一四万円(以下「本件保証金」という)

ただし、一〇年間無利息で据え置き、一一年目から、毎年一〇分の一ずつ返還する。

(二) 右賃貸借契約は、前記三年間の期間経過に伴い、平成元年一一月一日、前記(一)と同一条件をもって更新された。

(三) 訴外株式会社クラウンエンタープライズ(なお、平成五年二月に株式会社カサセンエンタープライズと商号変更。以下「訴外株式会社」という)は、平成二年五月一五日、訴外有限会社から本件建物を買い受け、原告に対して賃貸人たる地位を承継して取得し、同日、原告との間で、要旨次の約定によって賃貸借契約を締結した(甲五、六号証及び弁論の全趣旨)。

①目的 事務所又は店舗

②期間 平成二年五月一五日から平成四年一〇月三一日まで

ただし、更新する場合は二年間期間を延長する。

③賃料 月額金五万七〇〇〇円

④敷金 訴外株式会社においてそのまま承継する。

⑤保証金 同右。

ただし、平成九年一月一二日まで無利息で据え置き、以後、毎年一〇分の一ずつ均等に返還する。

2  (被告の本件建物の競落)

新潟地方裁判所において、平成五年七月一五日、本件建物を含む建物全体について不動産競売開始決定がされ、被告は、平成六年七月一日、右建物全体を競落してその所有権を取得し、原告に対して賃貸人たる地位を承継して取得した(争いがない)。

3  (本件保証金返還についての被告の対応)

被告は、その後、原告に対し、本件保証金については原告に対して返還すべき債務を承継していない旨を書面をもって通知した(争いがない)。

二  争点

被告が本件保証金返還債務を承継したか否か。

(原告の主張)

1 本件保証金は、本件建物の賃貸借契約と密接不可分なものとして授受されたものであり、その返還債務は、同建物の新所有者(新賃貸人)である被告との関係においても当然に承継されるべきものである。

賃借人である原告としては、本件保証金を差し入れた際、賃貸人に対して金銭を貸し付けるというような意思は全くなく、あくまで賃貸借契約の一内容として差し入れたのである。そして、本件保証金は、賃貸借契約と切り離して独立の存在意義を有するものではなく、敷金と同様、その運用益が実質賃料の一要素をなし、賃借人の債務を担保する意義を有するから、当然、賃貸借契約と一緒に随伴すべきものである。

仮に、本件保証金の授受が法的には金銭消費貸借の性格を有するものと考えられるとしても、借家法の精神に照らし、借家人保護の見地から新所有者に対して返還債務が承継されると解するのが相当である。

2 被告は、本件保証金はいわゆる建設協力金であるとしてその返還義務の承継を否定するが、貸ビル業界においては、敷金と併用の上、敷金的性格を有するものとして保証金の授受が広く行われているし、また、原告が訴外有限会社から賃借した時点では本件建物を含む建物全体は既に完成しており保存登記もなされていたから、本件保証金は建物建設のための協力金とはいえない。

なお、本件建物の不動産競売事件において、裁判所の評価人は、本件保証金の金額が高額であることを根拠としてこれを建設協力金と認定し、本件保証金返還債務は承継されないものとして不動産価額を評価しているが、差し入れられた保証金の金額の多寡のみによって建設協力金か否かを決定することは誤りである。

(被告の主張)

1 本件保証金は、賃貸借契約締結を機縁として授受されたものではあるが、法的にはそれとは別個独立の金銭消費貸借契約に基づいて交付された建設協力金であり、賃貸人の変動によって返還債務が承継されるというような性格のものではない。

すなわち、当初の賃貸借契約においては、本件保証金とは別に、月額賃料の六か月分に相当する敷金が差し入れられており、本件保証金の額が月額賃料の二〇か月分という高額なものであること、同契約においては、敷金は賃貸借契約が終了し明渡がなされた日から一か月経過したときに原告の一切の未払債務に充当した後に残額が返還されるものとされているのに対し、本件保証金は前記約定にかかる据置期間が経過すれば、賃貸借契約の存続に関係なく利息を付して返還されるものとされており、賃貸借契約自体とは切り離した扱いになっていること、一般に、新築の貸ビル等においては、賃借人から、敷金とは別に、建設協力金ないし保証金として融資することが広く行われていること等からすれば、本件建物新築直後に授受された本件保証金は、正しく建設協力金であって、原告主張のように賃貸借契約の内容をなすものではない。

2 そして、被告は、前記のとおり本件建物を含む建物全体を競落したが、その際、執行裁判所は本件保証金を建設協力金と認定し、競落人において右返還債務を承継しないことを明らかにしていたのである。

第三  当裁判所の判断

一  前記「争いのない事実など」の項において判示した事実と証拠(甲一、二、五号証、八号証の三・二一)を総合すると、次の各事実が認められる。

1  原告と訴外有限会社間の本件建物に関する賃貸借契約は、昭和六一年一〇月頃に締結されたが、同建物は、同月一日頃に新築されたものであり、同社が保存登記を行ったのは同年一一月一日である。

2  右賃貸借契約においては、本件保証金とは別に、月額賃料の六か月分に相当する敷金が差し入れられていたところ、敷金については、賃貸借契約が終了し原告が本件建物を明け渡した日から一か月が経過したときに、原告の一切の未払債務に充当した後、残額を返還されるものとされていたのに対し、本件保証金については、月額賃料の二〇か月分に相当しており、しかも、一〇年間無利息で据え置かれた後、一一年目から毎年一〇分の一ずつ原告に返還され、二〇年で終了するものとされていた(甲二号証第九条)。

3  そして、原告と訴外株式会社間の賃貸借契約においては、同社は、原告の預託中の敷金及び本件保証金の双方について承継することを約し、本件保証金については、平成九年一月一二日まで無利息で据え置いた後、以後、毎年一〇分の一ずつ均等返還し、二〇年で終了するものとされ(甲五号証第九条)、原告に対し、敷金及び本件保証金の承継を証する「御預り書」を差し入れた(甲第六号証)。

4  新潟地方裁判所では、本件不動産競売事件における売却価額の評価において、評価人は、本件保証金につき、金銭的に多額で長期の据置期間が設けられ、その後に長期の分割弁済が約定されていることから、建設協力金的な金銭消費貸借契約の性質を有するものと認定し、買受人(新賃貸人)は当然には右返還債務を承継しないものとして評価した(甲八号証の三)。

また、物件明細書にも、本件保証金は建設協力金であると評価した旨が記載されている(甲八号証の二一)。

二1  ところで、ビルの賃貸借に当たり、賃借人が賃貸人に交付する保証金名下の金員については、一般に、①ビル建設者(賃貸人)が建設資金に利用することを目的として融資を受ける建設協力金、②敷金と同様の性格を有するもの、③約定期間よりも早期の明渡等によって生ずる空室損失に対する制裁金等の種類があると解されている。

2  そこで、前記認定の事実関係に基づいて、本件保証金の性格について検討すると、本件建物が貸事務所又は店舗であること、本件建物新築時期と本件保証金授受の時期及びその金額、本件保証金及びこれと同時に別途差し入れられた敷金についての各返還約定の内容の対比、とりわけ本件保証金については一定の据置期間経過後に一〇年間で原告に返還されるべきことが合意されていたこと等を総合して考えると、本件保証金は、その権利義務に関する約定が前記のとおり賃貸借契約書の中に記載されてはいるけれども、前記の如き建設協力金として、右賃貸借契約とは別個に消費貸借の目的とされたものというべきであり、しかも、前記返還約定の内容からみても、賃貸借契約の存続と密接な関係に立つ敷金とはその本質を異にするものといわなければならない。そして、原告においては、本件保証金につき、新所有者が当然にその返還債務を承継すべきものとする取引上の慣習等の成立については十分な主張、立証はないから、本件建物の所有権移転に伴って、本件保証金返還債務が敷金のように当然に新所有者に承継されるものとは認められないというべきである(最高裁判所第一小法廷昭和五一年三月四日判決・民集三〇巻二号二五頁参照)。

原告は、この点について、本件保証金は敷金と同様に本件建物の賃貸借契約と密接不可分なものとして当然に新所有者に対してその返還債務が承継されるべきであるとして前記のとおり色々と主張するが、前記認定説示に照らすと、いずれも直ちには採用できない。

また、原告は、借家法の精神に照らし、借家人保護の見地から本件保証金返還債務の承継を認めるべきである旨主張するが、新所有者である被告が当然に本件保証金返還債務を承継するとされることによって生ずる不利益と賃借人である原告が新所有者からこれを回収できなくなることによって生ずる不利益とを比較してみた場合、被告においては執行裁判所の本件保証金についての前記評価等を信頼して買い受けたものと考えられ、また、本件保証金返還債務の承継については格別の合意がなされるに至っていないのであるから、このような事情の下では、本件において、原告の保護のみを優先して、被告が当然に本件保証金返還債務を承継すべきであると解釈するのが相当であるとは直ちには考えられないものである。

3  そして、原告において、他に被告が本件保証金返還債務を負うべきことを肯認するに足りるだけの主張、立証はない。

三  そうすると、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官安浪亮介)

別紙物件目録〈省略〉

別紙図面〈省略〉

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